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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)4955号 判決

原告 町田光世こと 町田タケ

右訴訟代理人弁護士 増淵実

佐藤寛

末光靖孝

田中清治

青木孝

被告 渡辺治夫

主文

被告は原告に対し、別紙目録記載の居室を明渡し、且つ八、四〇〇円および昭和四五年六月二六日以降別紙目録記載の居室明渡済に至るまで一ヶ月六、五〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は八分し、その七を被告、その一を原告の各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告は原告に対し、別紙目録記載の居室を明渡し、且つ一万六、七一六円および昭和四五年六月二五日以降別紙目録記載の居室明渡済に至るまで一ヶ月六、六八六円の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

旨の判決。

第二主張

一  原告(請求原因)

(一)  別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は原告の所有であるが、原告は昭和四一年九月一八日被告との間で、本件建物のうち別紙目録記載の居室(以下「本件居室」という。)を左記の約定で賃貸する旨の賃貸借契約を締結した。

(1) 目的   住居として使用する。

(2) 賃料   一ヶ月六、五〇〇円。毎月末限り翌月分を持参支払う。

(3) 共益費等   電気料(共益用)、ガス、水道料金、衛生費等は賃料と別個に、賃料の支払と同時に支払う。

(4) 期間   昭和四一年九月一六日より昭和四三年九月一五日まで二ヶ年

(5) 特約   契約違反の場合は催告なしに解除しうる。

右契約の期間満了の際、原被告の合意により、期間を昭和四三年九月一六日より昭和四五年九月一五日まで二ヶ年と更新した。

(二)1  被告は昭和四三年九月以降しばらくは約定賃料を支払ったが、同年一二月、突然「六、五〇〇円の賃料は高いので、以後六、三〇〇円しか払わない。電気、ガス、水道料金衛生費等については支払義務がない。」といい出し、昭和四一年一二月分以降昭和四五年五月分まで毎月六、三〇〇円の割合による賃料しか支払わなかったので、各月二〇〇円宛合計八、四〇〇円の賃料の延滞を生じた。また、被告は、(イ)昭和四一年九月分以降昭和四五年六月分まで一ヶ月一〇〇円の割合による水道料金合計四、六〇〇円、(ロ)昭和四一年九月分以降昭和四五年六月分まで一ヶ月四六円の割合による電気料金合計二、一一六円、(ハ)昭和四一年九月分以降昭和四四年一二月分まで一ヶ月四〇円の割合による衛生費合計一、六〇〇円をいずれも支払わなかった。この間、被告は、前記契約の更新に際し、原告に対し、移転先がないので従来どおり居住させてくれと懇願しその時まで延滞している賃料、電気、ガス、水道料金衛生費等を支払うと明言したので、原告は更新に応じたのであるが、被告は約束を履行しなかった。

2  原告は、被告が右約束を履行しないのみか、六、三〇〇円の賃料の支払をすら故意に遅延するに至ったので、被告に対し契約解除の内意を示したところ、被告は「自分は北区借地借家人組合の役員であり、中十条支部常任理事である。こういう状態になるのを待っていた。これを契機に住宅闘争を宣言する。」といい出し、昭和四四年七月、本件居室のドアに「東借連北区借地借家人組合中十条連絡事務所」なる表札を掲げ、電話を無断設置し、更に「法律相談所」を開設する等本件居室を約定の目的に反して事務所として使用するに至り、原告が本件居室を事務所として使用することおよび電話の設置を廃止するよう申入れたが、これに応じなかった。

3  被告の前記12の行為は債務不履行に該当するが、右債務不履行の前述のような態容と次のような諸事情に鑑みると、右債務不履行は、原告において、被告との賃貸借関係を継続することが不可能である程度に達しているものとすべきである。

(1) 被告は前記2の住宅闘争宣言をするや、直ちに、ビラ、チラシの類を本件建物の他の居住者や近隣に配付し、その中で「自分の部屋に鍵をかけていたにかかわらず、本が紛失した。金員の盗難にあった。自室の天井板が外されている。郵便物が大家によって届かないように妨害されている。」等々原告があたかも合鍵を使用して物品等を窃取したり、郵便物の配達を故意に妨害しているかのごとき宣伝を反覆した。更に、被告は「自分は共産党中十条支部細胞で、他の一般のアパート住民と異なる。」と述べて原告を威圧する態度に出た。このようなことがあって、原告はショックで寝込んでしまい、健康を害するに至った。

(2) 被告は早朝、深夜の別なく電話をかけ、大声で話をしているため、原告は本件建物の他の居住者や近隣から苦情を持越まれた。また、被告は本件居室の窓から通行人に対し奇声を発する等の行為に出たことがある。

(3) 本件建物の他の居住者は学生とか勤労者であるが前記(1)のビラ、チラシの配布(それは強制的なものであった。)、右(2)のような電話の使用によって平穏な生活が害されている。これに加えて、被告は隣室(一二号室)に居住している訴外山内英子に暴行を加えて王子警察署で取調を受けたことがあり、更に、本件建物の清掃人である訴外三枝草かのとに対し、掃除の仕方が悪いと因縁をつけて、背、腰等を手挙で殴打し、両手で押倒す等の暴行を加え、全治二ヶ月の傷害を負わせる等その行動は言語に絶する異常な状況である。

(4) 被告は家庭用大型プロパンガスを本件居室に無断搬入して利用し、他の居住者からの通報で王子警察署員の手で強制撤去され、また、ガス検針員の検針を実力で排除する等正常な賃借人としては考えられない行為に出た。

4  そこで、原告は昭和四五年六月二五日被告に到達した同月二四日付内容証明郵便をもって本件居室の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(三)  仮に右解除の主張が理由がないとしても、被告は昭和四六年一〇月分以降昭和四七年一〇月分まで一ヶ月六、五〇〇円の割合による賃料をまったく支払わないので、原告は昭和四八年二月二六日本件第一四回口頭弁論期日において前記(一)(5)の無催告解除の特約に基づいて本件居室の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(四)  よって原告は被告に対し、次のとおり請求する。

1(1) 本件居室の明渡。

(2) 昭和四一年一二月分以降昭和四五年五月分までの賃料延滞分合計八、四〇〇円の支払。

(3)(イ) 昭和四一年九月分以降昭和四五年六月分まで一ヶ月一〇〇円の割合による水道料金合計四、六〇〇円、(ロ)同期間の一ヶ月四六円の割合による電気料金合計二、一一六円、(ハ)昭和四一年九月分以降昭和四四年一二月分まで一ヶ月四〇円の割合による衛生費一、六〇〇円の支払。

(以上(2)(3)の合計一万六、七一六円)

(4) 昭和四五年六月二五日以降本件居室明渡済に至るまで一ヶ月六、六八六円(賃料六、五〇〇円、電気料金四六円、水道料金一〇〇円、衛生費四〇円相当額)の割合による損害金の支払。

2 本件居室の賃貸借が昭和四八年二月二六日に解除されたとすれば、右1(4)の請求の内容は次のとおりである。

昭和四五年六月二五日から昭和四八年二月二六日までの間はいずれも一ヶ月につき賃料六、五〇〇円、電気料金四六円、水道料金一〇〇円、衛生費四〇円(合計六、六八六円)、昭和四八年二月二七日以降本件居室明渡済に至るまで一ヶ月六、六八六円の割合による右賃料等相当額の損害金の支払。

二  被告(請求原因に対する認否および抗弁)

(一)  請求原因第一項の事実中、本件建物が原告の所有であること、被告が昭和四一年九月一八日原告との間で本件居宅の賃貸借契約を締結したこと、右賃貸借に関し、原告主張の(1)、(2)(但し、賃料額の点を措く。)、(3)(但し水道料の点を措く。)、(4)の約定が交わされたこと原告主張のとおり契約が更新されたことは認めるが、その余の事実は否認する。賃料は一ヶ月六、三〇〇円の約であり、水道料は同郷の誼みで免除するとのことであったので、その支払約束はしていない。原告主張の(5)の約定は相互に意思を確認して合意したものでなく、単なる例文にすぎない。

(二)1  請求原因第二項1の事実中、被告が昭和四一年一二月分以降昭和四五年五月分まで毎月六、三〇〇円の割合による賃料しか支払っていないことは認めるが、被告が契約の更新に際し、原告主張のような支払約束をしたことは否認する。その余の事実は争う。

2  請求原因第二項2の事実中、被告が昭和四四年七月本件居室に電話を設置したことは認めるが、その余の事実は否認する。電話設置の件は原告に二度に亘り話してあり、原告がこれを無断設置というのであれば、階下や隣室の者に電話設置を認めながら、正当な理由なく被告のみを差別扱したことを示すものである。また、被告は本件居宅に法律相談所を開設したことはない。被告は昭和四五年三月東借連北区借地借家人組合作成のポスターを本件居室に貼ったことがあるが、右ポスターに中十条連絡所の名で「お困りの方はお気軽に御相談下さい。」との表示がなされていたにすぎない。

3  請求原因第二項3の事実中、被告が(1)記載の内容の紙を本件建物の他の居住者に配布したこと(但し右紙はビラ、チラシの類ではない。また原告主張の記載内容中、「大家によって」とある部分は正しくは「何者かによって」と記載されていた。)、(3)の隣室居住者山内英子に暴行(但し、その程度は後述のとおりである。)を加えて王子警察署で取調を受けたこと、(4)の家庭用プロパンガス(型の大小の点は措く。)を利用したことは認めるが、その余の事実は否認する。山内英子に対する暴行の件は次のとおりである。

山内は昭和四五年一月隣室に入居以来、夫の出張不在の折に男友達を招いて飲酒しては深夜まで放歌高吟すること二〇回近くに及び、その都度被告が注意しても聞き入れなかった。昭和四五年一月一七日の午後一一時頃被告が帰宅すると、当夜もドンチャン騒ぎをした後らしく、後片付の物音が喧しかったので、翌朝山内に注意したところ、同人が「私はうるさくした積りはない。家主がよいといっている。」といいながら、当付がましく茶箪笥をがたがたさせ、後片付の水音をわざわざ高くする等の挙に出たので、被告は堪りかねて同人の頬を一回平手打したものである。原告は、山内が自宅に駆込むや、これ幸いと一一〇番したため、被告は王子警察署で取調を受けるに至ったが、事情が判明し、山内は告訴を取下げた次第である。

三枝草かのとの件は次のとおりである。三枝草が本件建物の掃除をする度に、本件居室入口においたスリッパーがおもいもかけない所に置かれるので、昭和四四年三月中被告が三枝草に注意したところ、同人がかえって罵声を浴びせ、応じないので、被告は同人の肩を押えながらスリッパーのあるべき場所までついていったにすぎない。

4  原告は被告との賃貸借関係を継続することが不可能である程度に達している事情として数々の事実を捏造しているが、原告こそ次のような卑劣極まりない行為に出た。

(1) 原告は昭和四一年一一月一〇日無断で本件居室に侵入した。被告はこの件につき原告を告訴した。

(2) 原告は訴外須賀信光とともに昭和四五年五月一日午後一〇時頃被告に面会を強要し、須賀において被告を突飛ばすという暴行に出た。被告はこの件につき告訴に及んだ。

(3) 原告は被告宛に配達された郵便物を故意に隠匿した形跡がある。昭和四三年一〇月三日訴外横山某の被告宛はがきが未着であったことで原告に抗議した際、原告が訴外渡辺方に誤配されたといって右はがきを出してくれた事実がある。

(4) 原告はむやみに一一〇番して被告に対する嫌がらせをした。昭和四五年五月二五日午前九時五〇分頃王子警察署警察官訴外神林正盛が被告方にきて、容疑事実も示さず、いきなり被告の腕をつかみ玄関の外に引きずり出すという暴行を加えたが、右は原告に関係あるものと推測される。

(5) 原告は本件建物の他の居住者に午前零時までは騒いでよいと公認したり、二歳の孫を日曜日以外の日に騒がせて、被告の勉強の妨害をした。

5  請求原因第二項4の事実中、原告が本件居室賃貸借契約を解除する旨の記載ある昭和四五年六月二四日付内容証明郵便を発信したことは認めるが、その余の事実は否認する。原告は右内容証明郵便を発信した後、これを原告方に配達してくれるように郵便局に申入れ、同月二五日原告自ら受領し、被告に届けたものである。

(三)  請求原因第三項の事実中、被告が原告主張の賃料を支払っていないことは認めるが、その余は争う。

(四)  請求原因第四項は争う。

(五)  (抗弁)

被告は原告から電気料(共益用)については昭和四三年一月分以降の分、衛生費については昭和四三年二月分以降の分につき免除を受けた。

三  原告 抗弁事実は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  (賃貸借の成立と更新)

本件建物が原告の所有であること、原告が昭和四一年九月一八日被告との間で本件居室を賃貸する旨の賃貸借契約を締結したことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を認めることができる。

本件居宅の賃貸借契約においては、

(1)  目的   住居として使用する。

(2)  賃料   一ヶ月六、五〇〇円。毎月末限り翌月分を持参支払う。

(3)  共益費等   電気料金(本件居室分および外灯代)、ガス料金(本件居室分)、水道料金(本件居室分―各室均等割)、衛生費(汲取代((昭和四五年便所が水洗式に改造された後は廃止))および清掃費)を賃料と別個に、賃料の支払と同時に支払う。

(4)  期間   昭和四一年九月一六日より昭和四三年九月一五日まで二ヶ年

(5)  特約   賃料の滞納その他契約違反の場合催告なしに解除しうる。

旨の約定が交わされた。

≪証拠省略≫中、右認定に反する部分は信用できない(右(1)、(2)((但し、賃料額の点を除く。))、(4)の約定および(3)のうち電気、ガス料金、衛生費を賃料と別個に、賃料の支払と同時に支払う約旨であったことは当事者間に争いがない。)。

被告は、本件居室の賃料額は一ヶ月六、三〇〇円であった旨主張するが、本件居室賃貸借契約当初作成された契約書であり、その記載の体裁上、後に契約更新に際し期間と作成日付の箇所に訂正を施したにすぎないと認められる甲第一号証には、賃料額は一ヶ月六、五〇〇円と明記されており、被告が契約当初においても、契約の更新にあたっても、一ヶ月六、五〇〇円の賃料の支払を約諾したことはほとんど動かない事実である。≪証拠省略≫によれば原告が昭和四二年一月分以降多年に亘る期間、賃料として一ヶ月六、三〇〇円を請求してきたことが認められるが、これは被告が一ヶ月六、三〇〇円しか支払わないため、やむなくその額の請求に止めたにすぎないものと理解すものべきである。されば、被告の主張は全然根拠を欠き、採用に値しない。

更に、被告は、水道料金は契約当初から免除を受けたので、その支払約束はなかったし、前記(5)の特約は例文であると主張するが、前記認定を覆えして被告の右主張を認めうる証拠はない。

以上の他前記認定を左右するに足る証拠はない。

そして、右賃貸借契約の期間満了の際、原被告の合意により、期間を昭和四三年九月一六日より昭和四五年九月一五日まで二ヶ年と更新したことは当事者間に争いがない。

二  (賃料等の延滞)

被告が昭和四一年一二月分以降昭和四五年五月分まで毎月六、三〇〇円の割合による賃料しか支払わなかったことは当事者間に争いがない。そして、六、三〇〇円を越え六、五〇〇円に達する金額毎月二〇〇円宛合計八、四〇〇円を被告が支払ったとの点については主張も、立証もない。≪証拠省略≫は昭和四一年九月分以降昭和四五年三月分までの本件居室の賃料の領収証であり、その賃料額欄には六、五〇〇円という記載があるが、これは単に約定賃料額を示したものにすぎず、被告が現実に毎月六、五〇〇円宛の賃料を支払ったことまで意味するものではないと認められる。

原告は、更に被告が水道、電気料金、衛生費を支払わなかったと主張するので、判断する。

(イ)  ≪証拠省略≫によれば、水道料金は共同住宅である本件建物の一、二階にそれぞれ設置されたメーター表示の使用量に基づき供給者側から一括請求される水道料金を各室(計一二室)均等に割当てる方式をとっており、居住者等もこれに従って原告に料金を支払ってきたことが認められるが、原告主張の昭和四一年九月分以降昭和四五年六月分までの間被告に割当てられた水道料金が一ヶ月一〇〇円の割合であるとの点についてはこれを認めうる証拠はない。

(ロ)  電気料金には本件居室分と外灯代が含まれることは前述した。原告が主張する電気料金は共益用であるから、右の外灯代であると解される。ところで、≪証拠省略≫によっても、原告主張の昭和四一年九月分以降昭和四五年六月分までの間において被告が一ヶ月四六円の割合による外灯代を支払わなければならないかどうか判然としない。この種の料金の支払義務について、その発生および額の確定の仕組が証拠によって充分解明されえないのである。

(ハ)  同様なことは昭和四一年九月分以降昭和四四年一二月分まで一ヶ月四〇円の割合による衛生費の支払義務についてもいいうる。

従って、水道、電気料金、衛生費の支払義務の不履行をいう原告の主張は、被告の抗弁につき審究するまでもなく、失当とすべきである。

三  (使用目的違反)

≪証拠省略≫によれば、被告は本件居室の入口のドアーに「東借連北区借地借家人組合中十条支部連絡所 渡辺」と名乗ったポスターを貼布し、右ポスターには「家賃の値上げ・更新料・権利金立退きに関する問題の解決 民事・刑事その他法律に関する諸問題 お困りの方はお気軽に御相談下さい」と記載されていたこと、被告は昭和四四年七月本件居室に電話を設置し、借地借家問題の相談にもこれを用いていたことを認めることができ、前記ポスターの貼布が昭和四五年三月であることは被告の自認するところである。

右認定事実によれば、被告が原告に対抗して賃借人としての諸権利を過剰に誇示する等他目的のため右ポスターを貼布したという特段の事情が認められない限り、右ポスターの貼布は、被告が他人の借地借家問題の相談に応ずる旨を表示したものと認めるべく、これにより被告は本件居室を、約定の使用目的を越え、借地借家問題相談所として併用するに至ったとしなければならない。

四  (債務不履行の背信性について)

そこで、被告の賃料債務不履行および用方違背が原告において被告との賃貸借関係を継続することが不可能である程度に達しているかどうかを判断する。この判断は、信義則上賃貸人にこれ以上賃貸借関係の継続を強いることが困難であるかどうかの観点に立ち、賃借人の債務不履行につき、賃貸借の基礎にある当事者の信頼関係を破壊したと認むべき事情が存するかどうかをつきとめるという方法によってなされるべきである。

(一)  まず、被告の賃料の延滞についてみる。

本件居室の賃料が一ヶ月六、五〇〇円であることは当初の契約書上明記され、契約の更新に際しても、該賃料額の約定は維持されたものである反面、賃料額が一ヶ月六、三〇〇円であるとの被告の主張は全然根拠がないことは前記のとおりである。してみると、被告が昭和四一年一二月分以降昭和四五年五月分まで毎月六、三〇〇円の賃料しか支払わず、毎月二〇〇円宛合計八、四〇〇円の賃料の延滞を発生させたことは、金額こそさしたるものでないにせよ、義務違反として決して軽微なものとはいえない。むしろ、有償の賃借型契約である賃貸借は現今における不動産の利用方法として重要な社会経済的意義を有し、賃借人がそのもっとも基本的な義務である賃料の支払を契約で定めたところに従い誠実に履行するかどうかは、賃貸人が当該不動産の利用価値を享受できるかどうかの岐路にかかわる問題であることを考えると、なんら首肯しうる根拠がないまま、約定賃料の支払を長期に亘って履行しない被告の態度は、原告をして被告の背信を強く感ぜしめたであろうと推察される。

(二)  次に、用方違背についてみる。

被告の借地借家問題相談業務の実態は証拠上審らかにしえないが、それが如何様であれ、新らたに賃貸共同住宅に居住しようとする者が、その一角にこの種の相談所が存することを好まないのは一般的傾向であろうことを考えると、被告の行為は本件建物の賃貸共同住宅としての商品性を毀損し、原告に損失を蒙らせるおそれがあるものというべく、被告の用方違背の行為もまた決して軽微なものとはいい難い。

(三)  ところで、賃借人の債務不履行が信頼関係を破壊したかどうかは、賃借人の債務不履行以外のもろもろの行動の評価と無関係ではない。そこで、原告がおそらくそのような見地に立って指摘しているとみられる被告の行動(前記第二の一、(二)、3)について検討する。

(1)  被告が原告主張のいわゆる住宅闘争宣言をしたこと、原告主張のようなことを述べて原告を威圧する態度に出たため原告が健康を害したことを認めうる証拠はない。

しかし、≪証拠省略≫によれば、被告が「自分の部屋に鍵をかけていたにかかわらず本が紛失した。金員の盗難にあった。自室の天井板が外されている。郵便物が何者かによって届かないように妨害されている。」という趣旨のビラを本件建物の他の居住者等に配布したことが認められる(郵便物の妨害者の点を除き右趣旨のビラを被告が本件建物の他の居住者等に配布したことは当事者間に争いがない。被告はビラではなく紙であるというが用語の差異にすぎない。)。ところで、右ビラの記載のうち(イ)本と金員の盗難が事実であるかどうか明らかでない(≪証拠判断省略≫)。(ロ)≪証拠省略≫によれば、昭和四五年四、五月頃被告不知の間に本件居室の天井板が外されたことがあったことが認められるが(右認定を左右するに足る証拠はない。)なんぴとがこれをしたかは明らかでない。(ハ)≪証拠省略≫によると、本件建物の筋向に居住する訴外渡辺まさみ方に同姓の被告宛はがきが誤配されたので、同女が原告方にこれを持参したことがあることが認められ、ことの性質上原告が右はがきを被告に交付したことが窺われる。前記ビラの記載中郵便物の妨害云云というのは被告がことの経緯を正解しないで記述したものと推察される。このようにみてくると、被告が配布したビラの記載内容は必らずしも原告が主張するような意味に理解しなければならないものでないにせよ、真偽不明の事実(右(イ))や被告の誤解に基づく事実(右(ハ))を含み、読む者をして原告が賃貸人として本件建物の管理や居住者に対するサービスにおいて欠けるところがあるような印象を与え、原告にとって迷惑を感ずる種類のものであったことを否定できない。

(2)  ≪証拠省略≫によると、被告が早朝あるいは深夜に電話を使用するとき、これを耳にした本件建物の他の居住者や近隣の者が喧騒感ないし異和感を感じたことがあることを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。ただ、そのため原告方に苦情が持込まれたとの点はこれを認めうる証拠がない。また被告が本件居室の窓から通行人に対し奇声を発する等の行為に出たことも証拠上明らかでない。

(3)  被告の前記ビラの配布によって本件建物の居住者の平穏な生活が害されたことを認めうる証拠はない。また、電話の使用については被告が共同住宅に居住する者としての節度をいささか越えたとの非難は免かれないが、それが本件建物の他の居住者の平穏な生活を害したかどうかについては前同様である。

山内英子に対する暴行の件についてみるに、≪証拠省略≫によると、被告と隣室居住者山内英子が悶着を起し、被告が同女の顔面を殴打し、被告が王子警察署で取調を受けたことが認められ、その時期が昭和四五年一月であったことは被告の自認するところである(被告が隣室居住者山内英子に暴行を加え、王子警察署で取調を受けたことは当事者間に争いがない。)。この一件が被告主張のような酌むべき情状のもとに発生したかどうかは証拠上明らかでない。

次に、≪証拠省略≫によると、昭和四四年中被告は本件建物の掃除婦三枝草かのと(当時七〇歳前後)の掃除の際における被告のスリッパーの並べ方が悪かったことから、いい争いを始め、同女の襟首をつかむという暴行に出たことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。≪証拠省略≫によると、三枝草かのとが昭和四四年二月二一日医師訴外松永仁の診療を受け、脊椎粗鬆症との診断を得、約二ヶ月間治療を受けて激痛の寛解をみたことが認められるが、≪証拠省略≫に照らすと、被告の暴行と右傷病の発現との結付は疑わしいとすべきである。

(4)  被告が本件居室において家庭用プロパンガスを利用したことは当事者間に争いがないが、それが大型のものであったこと、他の居住者の通報によって王子警察署員の手で強制撤去されたこと、被告がガス検針員の検針を実力で排除する行為に出たことを認めうる証拠はない。

(5)  以上によると、原告が主張する被告の諸行為については、かなりのものが証拠の裏付を欠いたり、電話の使用方法のごとく債務不履行の信頼破壊性を支えるに足りないものが含まれるが、被告が真偽不明の事実、誤解に基づく事実を含むビラを本件建物の他の居住者に配布したり(前記(1))、隣人や掃除婦に暴行を働いた行為(前記(3))は看過できないところである。

(四)  当裁判所は前記(一)(二)で述べた被告の債務不履行の態容を重点に把え、これに前記(三)(5)で説明した事情をあわせ考え被告の債務不履行は本件居室の賃貸借の基礎にある信頼関係を破壊する程度のものであると判断する。

この点につき、被告は、原告こそ卑劣な行為に出た旨主張する(前記第二の二、(一)、4)。しかし、≪証拠省略≫によっても、被告の主張事実につき積極的な心証を惹くに十分でなく、他に被告の主張事実を肯認するに足る証拠はない。

五  (解除の意思表示)

≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四五年六月一八日本件居室の賃貸借契約を解除する旨記載した同日付被告宛の内容証明郵便を王子郵便局に差出したが、同月二〇日配達の際被告不在のため右内容証明郵便は持帰られた。そこで原告は同月二四日再度同一内容を記載した同日付被告宛内容証明郵便(以下「本件内容証明郵便」という。)を差出すとともに、電話で同郵便局に対し「被告は常に不在勝であるから被告宛郵便物はアパートの管理人である自分の所に配達されたい。」と申入れ、同月二五日本件内容証明郵便の配達の際被告が不在であったので、原告が代ってこれを受領し、同日被告に交付したことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。右認定事実によれば、本件内容証明郵便の発信者たる原告が被告にこれを交付したことにより――あたかも、原告が被告に対し口頭で意思表示する場合と同様に――本件居室賃貸借契約解除の意思表示は被告に到達したものとすべきである。

原告が右解除の意思表示に先立って被告に対し、延滞賃料の支払および用方違背の是正を催告した形跡はない。しかし前述のような被告の債務不履行の態容からすると、たとえ原告が催告をしても被告が翻意して履行することはほとんど期待できないと認められるから、原告が催告をしないでなした右解除の意思表示はその効力を妨げられることはないと解すべきである。

従って、本件居室賃貸借契約は昭和四五年六月二五日限り終了したとすべきである。

六  (結論)

以上によれば、被告は原告に対し本件居室を明渡し、且つ昭和四一年一二月分以降昭和四五年五月分までの賃料延滞分合計八、四〇〇円および昭和四五年六月二六日以降本件居室明渡に至るまで一ヶ月六、五〇〇円の割合による賃料相当額の損害金を支払うべき義務があり、原告の本訴請求は右義務の履行を求める限度において正当として認容すべきである。

原告は昭和四五年六月二五日一日分の賃料相当額の損害金の支払を求めているが、本件居室の賃貸借契約は同日一杯は効力を有していたのであるから、右損害金の請求は失当であり、更に既往の水道、電気料金、衛生費の支払を求める請求は前記二で説明した理由により、また損害金の一部として右水道、電気料金、衛生費相当の金員の支払を求める請求も右と同一の理由により失当であり、いずれも棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蕪山厳)

〈以下省略〉

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